「私の幼少年時代 他 郭沫若自伝1」

自伝が好きだ。

三者による評伝の方が客観的だし正確なのだが、やはり本人が本人を語る、主観のもたらす認識の歪みこそが味わい。さいきん話題のAIの作った文章がたとえどれだけ理路整然としていても、やはり生身の人間のフィルターを通して語られる言葉の熱量には勝てないのである。

その自伝の中でも特に子供時代というのは、時を隔ててすでに失われてしまった生活や風俗についても知ることができる上に、著者の人格の核が形成された時期という点でも面白い。

 

というわけで「私の幼少年時代 他 郭沫若自伝1」(平凡社東洋文庫)。

 

郭沫若の著作は他に読んだことがない。文学者なのか考古学者なのかはたまた政治家なのか、近代中国が生んだマルチタレントのはしりではないかと思える人物なので、どれ自伝でも読むかと手に取ってみたが、良い意味で期待を裏切られた。

 

中国の文人の少年時代、と聞けば、お行儀よく勉学にいそしむ生活を想像しがちだが、どっこい郭沫若は弾けていた。酒は飲むし喧嘩はするし教師に反抗して退学処分にはなるし。さらにそれを彩るBL要素の友人関係だの何だの、とにかくあけすけに語り尽くされていて、こんなもの書いて文革の頃大丈夫だったんだろうかと、こちらが心配になるほどである。

しかし後年、文化大革命が起きると郭沫若はいち早く自己批判してうまく立ち回り難を逃れたらしい。その政治的判断の素地が、少年時代にすでに培われていることを見てとれるのも、この自伝の面白いところ。

 

少し前に同じく東洋文庫の「羅振玉自伝」を読んだが、こちらはしっかり「文人」していて、重厚だっただけに、郭沫若の軽さ(=近代性って事かね?)がより強く感じられた。

 

さっき郭沫若の生年(1892年)を確かめようとBingで検索したら、AIが中国語で「他的作品有《豊乳肥臀》」と返してきたが、それは莫言では。AIよ・・・