塀の中で本を読む

詳しくは言えないが、仕事で刑務所に服役中の人とやりとりする事がある。

本来私の担当ではないのだが、上司が回してきた。

率直な感想は「やめてよ~」。犯罪者とかかわるなんぞ、たとえ仕事でも避けたいのに、なんでこっちに回してくるのだ。正直なところ、わけのわからん理由で逆恨みとかされて、お礼参り(?)に来られたらどうしてくれる。

上司は「何かあっても、向こうは塀の中だから」的な事を言っていて、何だこの呑気な人、と思った。そんな「何か」的なトラブルが発生しないように仕事を進めるのは当然だが、それでも何だか得体の知れない恐怖みたいなものは存在する。

一体何の罪を犯したのか、それを悔いているのか、そもそも常識の通じる相手なのか。

とりあえず、これまでやりとりを重ねてきた中で、問題があったわけではない。だがしょせん、検閲を受けてるからな・・・などという気持ちもあり、私はずっと個人名ではなく、会社名義で連絡をしている。

要するに偏見まみれなのである。

 

そんな塀の中の面々と読書会をするという、婉曲に申し上げて酔狂な事を考えた人がカナダにいる。

アン・ウォームズリー 著 向井和美 訳「プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年」(紀伊国屋書店

 

そもそもは、社会活動に熱心な友人キャロルに誘われて、著者は刑務所での読書会に出席するのだが、自身が強盗被害の経験(路上で首を絞められる!)があるというのに、よくもまあ、と驚かされる。

著者もそれに起因する恐怖については認めているが、好奇心が勝ったということらしく、人とは業が深いものだとも思う。

で、刑務所内での読書会。参加者全員犯罪者という事で、学級崩壊的なカオスを想像するが、いたってまともである。

もちろん、課題となる本を読んで討論しようという志のある参加者だから、受刑者の中でも特殊な層の人間とはいえる。しかし殺人に麻薬売買に銀行強盗、罪状はそれぞれにヘビーだし、それまでに過ごしてきた環境も生易しいものではない。

だが、参加者たちは著者も驚くような洞察力で本を読み込む。活発な議論を重ねて、他者の考えに耳を傾け、その立場で考えることで、少しずつ変わってゆく。

仮出所を経て社会へ復帰してゆく参加者もいれば、せっかく塀の外へ出たのに、また犯罪を繰り返す者もいて、物事はそう楽観的に進むわけではない。それでも読書という行為が人間に与える作用の大きさについて、そして読書本来の持つ楽しさについて、あらためて気づかされた。